ホルムスクの空。その2 [サハリン・樺太旅行記(08年9月)]
追悼碑は王子製紙工場跡を見下ろせる所に在りました。向こうのほうに煙突の一部が見える。時間がなかったこともあって工場跡には訪れなかった。
日本車が走ってる。う~んここはロシアなんだか。
街中にある廃墟。いつの時代の建物か廃墟が目立つ。
ホルムスクにある「海の博物館」。中はもちろん撮影禁止。今回の旅でスケジュール管理が曖昧だったからか、時間がなく、いけなかった所が多い。
ホルムスクは日本の樺太領地前から軍港だったとか。大きな碇(いかり)。真岡町も戦艦の艦砲射撃で攻撃されたから、切っても切れない関係なのか。ちなみに旧ソ連の国旗のマークは鎌と鎚。
艦砲。ひょっとして真岡町攻撃の大砲だろうか?
この後、ユジノ・サハリンスクに戻ってお土産を買いにデパートへ。次の日コルサコフから稚内へと戻りました。今回はサハリン・樺太の奇妙な歴史とロシアの文化に触れた旅でした。また日本人や朝鮮人の流転の跡を巡り、今も残る問題を知った。残念だったのは行けなかった場所が多かったこと。観光地としてはまだまだ未発掘な所が多いけれども、もっとサハリンを知れたらなと思いました。
日本車が走ってる。う~んここはロシアなんだか。
街中にある廃墟。いつの時代の建物か廃墟が目立つ。
ホルムスクにある「海の博物館」。中はもちろん撮影禁止。今回の旅でスケジュール管理が曖昧だったからか、時間がなく、いけなかった所が多い。
ホルムスクは日本の樺太領地前から軍港だったとか。大きな碇(いかり)。真岡町も戦艦の艦砲射撃で攻撃されたから、切っても切れない関係なのか。ちなみに旧ソ連の国旗のマークは鎌と鎚。
艦砲。ひょっとして真岡町攻撃の大砲だろうか?
この後、ユジノ・サハリンスクに戻ってお土産を買いにデパートへ。次の日コルサコフから稚内へと戻りました。今回はサハリン・樺太の奇妙な歴史とロシアの文化に触れた旅でした。また日本人や朝鮮人の流転の跡を巡り、今も残る問題を知った。残念だったのは行けなかった場所が多かったこと。観光地としてはまだまだ未発掘な所が多いけれども、もっとサハリンを知れたらなと思いました。
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